大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和38年(ネ)551号 判決

控訴人 和栄産業株式会社

被控訴人 永山光雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は被控訴代理人において新たな証拠として甲第四号証の一、二、第五及び第六号証を提出し、当審における証人永山勝の証言を援用し、乙第一一号及び第一二号証は不知と述べ、控訴代理人において新たな証拠として乙第一一及び第一二号証を提出し、当審における控訴人代表者本人尋問の結果並びに検証の結果を援用し、甲号各証の成立を認めたほかすべて原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

理由

被控訴人主張の請求原因事実は控訴人において全部認めて争わないところである。

そこで控訴人の相殺の抗弁について判断する。

成立に争いのない甲第四号証の一、二、同乙第一号証及び原審証人橋本彰夫、同森山孔裕、原審及び当審証人永山勝(後記措信しない部分を除く)の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)並びに当審における検証の結果を綜合すると、控訴会社の代表取締役である大作公一は真空包装機の製作販売を企図し昭和三六年三月頃片開きのポリエチレンロールフイルムの中に物品を入れてこれをL字型に切断しその切口を瞬間電着法により熔接して包装する包装機を試作したが、ニクロム線の部分が悪く実用化できなかつたので電気器具の製造等をしていた被控訴人の長男訴外永山勝にこれが改良方を依頼した。勝は同年四月頃より大作とも協力して右試作品につき実験を重ね、まず蓋と台の両方についていたニクロム線を台のみに設置することにし、次いで帯状のニクロム線を横にねかしていては熔接部分の仕上りが悪いのでこれを縦に取りつけ、さらに使用中熱膨張によつて飛び出さないようニクロム線をアスベスト(断熱材)ではさんでボルトで押さえる等の改良を加えた結果、同年八月頃どうにか実用に供し得る包装機に仕上げることができた。そこで大作は右包装機を「大作式卓上万能包装機インスタントパツカー」と名付けこれが製造販売に関し同年九月一一日控訴人と被控訴人との間で「被控訴人は控訴人の註文によりパツカーを製造し、控訴人がこれを販売する」趣旨の委託契約なるものを締結し、これに基き翌三七年二月頃迄被控訴人が製造した「パツカー」約一四〇台を控訴人が訴外伊藤忠商事株式会社を通じ市販したのであるが、ニクロム線が切断する等の故障が多いため返品になり間もなく伊藤忠も「パツカー」の取扱いを止めるに至つた。そして同年三月一六日控訴人と被控訴人の間の右委託契約は両者の合意により解除され、控訴人は同月頃より自己の工場において右欠陥を補正した「パツカー」を製造してこれを販売し、被控訴人もまた同年四月頃より従来台の上部に露出していたフイルムを台内に装置できるようにする等「パツカー」に改良を加えこれに「シルトン」という名をつけて製造販売しているものであること、以上の事実が認められる。右認定に反する原審及び当審証人永山勝の供述並びに原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果は右各証拠に照らし措信できず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実からすると被控訴人製造の「シルトン」は「パツカー」を基礎としてこれに多少の改良が加えられた程度のものではあるけれども右「パツカー」の製作は少くとも控訴人と被控訴人との間では控訴人代表者大作公一が考案し被控訴人の長男永山勝が実用化できるようにこれを改良したという両者の共同製作になるものとみなければならないのみならず、弁論の全趣旨によれば「パツカー」につき控訴人に特許権ないし実用新案権がないことが認められるから、被控訴人において「シルトン」を製造販売しても何ら不法行為をなすものでないこと明らかである。

もつとも控訴人は被控訴人の「シルトン」の製造販売を以つて下請業者がその業務上知得した機械の機密をそのまま利用してなした信義に反する行為であると非難し、前記乙第一号証にも「パツカー」の製造販売権を控訴人が所有し被控訴人は控訴人の委託によりこれを製造する旨の約定がなされた記載があるけれども、前述のとおり「パツカー」は大作と勝の共同製作になるものであり然も右委託契約の合意解除後は控訴人のみが「パツカー」の製造販売権をもつという契約上の拘束力は消滅したのであるから被控訴人において「シルトン」-「パツカー」を多少改良した程度のものであつても-を製造販売しても信義にもとるものと云うことはできない。この点に関する控訴人の主張は理由がない。

さらにまた控訴人は右の委託契約解除に際し被控訴人は覚書(乙第二号証)をもつて控訴人に対し爾後「パツカー」又はこれを模倣したものは製造しないと誓約したと主張するのであるが、成立に争いのない乙第二号証によると覚書として「解約後は両者とも信義に基いて行動し互に迷惑になることは一切しないこと」という抽象的内容の約束が記載されてあるだけで被控訴人の「パツカー」製造を禁じた文言はなく、むしろ「パツカー」が両者の共同製作になるものであるとの前認定事実に前記各採用の証拠をあわせ勘案すると右覚書による合意を以て被控訴人において今後一切「パツカー」ないしその類似品を製造しないことを約した趣旨のものとは到底認め得ないところである。右認定に反する原審及び当審における控訴人代表者本人の供述は措信することができず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

従つて被控訴人の「シルトン」の製造、販売の行為は控訴人に対する不法行為ないし債務不履行となるものではないからこれを前提とする控訴人の相殺の抗弁は理由のないものである。

因つて被控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

なお本件記録に徴すると原裁判所は昭和三八年一月二一日午後二時三〇分葛飾区青戸町公団四四四三号室において当事者双方訴訟代理人出席の上証人飯泉照彦、被告代表者大作公一の尋問を行い証拠調を全部終了し同所で弁論を終結する旨宣言し、右終結した口頭弁論に基いて原判決を言渡したことが明かである。すなわち右口頭弁論の終結は法廷外において非公開でなされたもので違法な訴訟手続というべきであるが、右訴訟手続の違法は未だ民事訴訟法第三八七条にいわゆる「判決の手続が法律に違背したとき」とはなしがたい。しかも当事者双方は当審における口頭弁論期日において何ら右手続について異議を述べることなく弁論を尽して審理を終了したのであるから右手続の違法のため原判決を取消すべき要はない。

よつて本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口茂栄 加藤隆司 安国種彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例